ブログ
庭掃除のひととき
例年よりも・・・という言葉を口にすることが多いような気がします。昨日も暖かくて、出先で駐車した車に乗り込む際、夏!!??と思ってしまうほどでした。
そのためでしょうか。拙庭にも、木々の芽や花が咲き始めました。やっぱり、いつもより早いです。
サツキです。
ツバキの新芽が美しい!
イロハモミジもすっかり総出演。
これはモミジの仲間の青龍。細かな切れ込みが入る緑葉が涼しげで夏は癒されます。半日陰が好みのようで大きなイロハモミジの陰でのびのび育っています。
根が拡がり、冬の間も緑の葉を伸ばしていたのはシャガでした。今年初めて花をつけました。半日陰が好みですね。
これらの花や木を見ていて、いつも思います。それぞれに合った場でこそ命を輝かせて育っていくのだと。人も同じです。
春休みの始まり!!
昨日の朝、玄関前で5,6人の中学生の男の子たちと出会った。
「おはようございま~す。」
お~、なんと気持ちのいいあいさつ。
顔見知りの子はいなかったけれど、笑顔で声をかけてくれた。
「あっそうか!きょうから春休みなんだ!いいねぇ!!」 「はい!」
向こうから挨拶してくれるってほんとに嬉しいねぇと夜、話すと、主人も、昨日の午後、家の横の道で小学校低学年ぐらいの子たち二人が元気な声で「こんにちは!」と自転車で通り過ぎていって、すがすがしい気持ちになったそうだ。
春休みは、外に出たくなるのかな。解放感でいっぱいかもと心ひそかに思う。
非日常の世界
忙しさに追われていると、どうしても視野が狭まりますよね。
気持ちも身体もゆっくりとしておれない場合は、意識して周囲を見るようにしたいものです。
学年末、そして次年度の準備、家族の進級進学などで、春の訪れを楽しむ余裕もなかった頃の3月、大好きだった桜の季節にもかかわらず、足を止めて魅入ることを忘れていた。花びらが散るころになってようやく、あ~桜が散っていく~と名残りを惜しむという具合に。でも、次の出会いは1年後・・・。
ずいぶん前の話なのですが、現職の頃、集中して夢中に取り組んだ1学期が終わった夏休み、自然に触れたくて内モンゴル自治区に行った。地平線から昇りくる太陽、地平線に沈みゆく太陽を見て、自分を取り戻した気がした。
忙しい時こそ、意識して周りを見ていろんな気づきをしていきたい、と心に刻んだ。
あれからおよそ30年。うまく自身をコントロールできたかどうか、十分ではなかったこともあったであろう。しかし、変えられるのは未来と自分。そのためのパワーを充電するために、非日常の中に身を置く行動は変わらないようだ。
きょうは、「日本のエーゲ海」 牛窓の海を見下ろす高台に立った。 波の立たない海と点在する島々と青空と白い雲。源平合戦の跡地が残る屋島も見えた。ぼーっとしていると、この海で平安末期の時代に戦いが繰り広げられたことが妙にリアルに浮かんでくる。正に非日常の世界で、今を生きている気持ちが膨らむ。
よっしゃ!!
「真似る」と「盗む」
第3回講演会で、講師の中尾繁樹先生が「自分の教師としての力量を高める最初の方法ってわかりますか?」とフロアーの皆さんに問いかけられました。おそらく、参加者の方々の脳内には『研修』『研修』『研修」という2文字が並び、次に『経験』『経験」という2文字も脳内にスローインしてきたかもしれません。
しかし、先生から出てきた言葉は、『盗む』でした!!
今から云十年前、新任教師の時、私も「盗む」行動をした。この科目は〇先生、この科目は☆先生・・と自分の中で決めて平時の授業を見せてもらったのだ。もちろん、校長先生の了解を得て。これはと思う出張研修にも行かせていただいた。研修に行ったら必ず報告会をしなくてはいけない。実践しなくてはいけない。そういった経験を踏まえて、自分なりに分かったことがあった。「真似る」だけではうまくいかない!!「盗む」つもりだったが、まだ「真似て」いるだけだったのだ。うまくいっているのはなぜか、その本質をつかまなければ、目の前の子どもたちに対して単に「真似て」いるだけでうまくいくはずがない。本質をつかむためには、あらゆる知識や知見の土台も必要だ。そして、その終わりなき道を歩くには、先輩も必要であるし、同年代の仲間も必要だった。私にとって「学び」は楽しいものでないと続かないし、楽しく一緒に刺激し合い励まし合える存在は不可欠だったのだ。
そうして云十年。今回、中尾先生から聴いたことは、『盗む』とは『守・破・離』と同じで、教えてもらったことをその通りに動いている段階は『守』、そこから極意を掴みアレンジできるようになるのが『破』、~方式とか~流とか極めて作り上げると『離』。
「僕の今は『破』です。『離』をしようとは思っていません。」中尾先生は、多くの先輩や指導者からの学びと、子どもや保護者とのやり取りの経験から積み上げた価値を通して今の自分がある!ということも伝えておきたかったのではないかと思います。
ちなみに、「真似る」と「盗む」について、パブロ・ピカソの名言とされる言葉がありました。「よい芸術家は真似る、偉大な芸術家は盗む」。真似るのは単なるコピーや模倣(猿真似)であり、技術を学ぶ初期段階には必要だが、それ自体に独自性は少ない。盗むのは複数の源泉から要素を選択し、インスピレーションとして取り入れ自分のものとして新しい価値を創造する行為。他者の要素を吸収・昇華し、独自のクリエイティブな作品へと再構成する「盗み」こそが価値を生むとされているそうです。
日常の暮らしの一コマ
◇明日は、総選挙の日。期日前投票に行ってきました。他への批判だけに終始せず、この日本の未来を本気で考えて、今そのためのかじ取りを具体的にどうするか本気で命がけで取り組もうとしているところに。
◇お店のスタッフと一緒に、本日のお客様の準備をしている間、仕事がはかどるように、テンションがあがるように館内に流していた曲は《♪イケオジ達「熱いバラード」アレンジピアノメドレー♪》でした(^^♪
◇一週間前に、「雪が見たかったから。播但線に乗ってみたかったから。」と来てくださったお客様は、26歳同級生の落ち着いた雰囲気の素敵なご夫妻。「二人ともレトロなものが好きで・・・1980年代の曲も好きで・・・」と驚かせてくれる。可愛い奥様の口から「日本の文化が壊されていくのはいやです」と聞いたときは、私も大きくうなづいていた。「昭和世代は~、Z世代は~」などと年代や世代を一括りして物申す人たちは少なくないけれど、それはちょっと違うな。ちょっともったいないな。